企業イメージ:東洋精機工業株式会社

車の心臓部を担う
工作機械メーカーの底力

東洋精機工業株式会社

「負けると後がない、背水の陣で挑みました」時計部品製造が終了した2000年、自動車部品製造の新しい事業へと挑んだのは東洋精機第二工場。「ここで失敗したら部品製造事業部が終わってしまう。働いている従業員を守りたい。」そんな気持ちで始まった新事業は、自動車部品のなかでも最重要と位置付けられるインジェクターだった。人命に関わるため、不良品は許されないうえに、コストダウンや納期なども厳しく求められる自動車部品。新規参入が難しいと言われる分野でありながら、不断の努力で花を開かせたのだ。

求められる細さ・深さを実現
精度を追い求める

1956年に創業した東洋精機。精密機械製造がさかんな諏訪地域で、カメラや時計製作にまつわる多軸ボール盤・専用機・治具メーカーから始まった。1962年には国産初の多軸タップ盤を開発するという功績を挙げている。TOYOSKブランドで知られる専用機・マシニングセンタ・治具などの工作機械は、日本だけでなく多くの海外工場でも導入されていて知名度も高い。現在では、工作機械製造以外に、半導体製造装置製造、精密部品製造(自動車部品)も手がけ、この3本柱で事業が成り立っている。

精密部品分野では、創業当初から計測器のダイヤル部品や、時計部品などを長らく手がけてきたが、2000年よりデンソー向けのインジェクター製造を開始し、現在は月間約12万本を製造。デンソーで扱うディーゼルエンジンのインジェクターのうち3分の1ほどを受託し ている。

そのインジェクター専門工場となっているのが、富士見町内にある第二工場だ。中央道諏訪南インター近く、国道20号沿い、東に八ヶ岳を望む位置に構えている。製造ライン構築に挑んだメンバーのうちのひとりが、現在取締役であり事業部長でもある田中貞男だ。主力だった時計部品から自動車部品の量産を始めた過渡期を経て現在まで、最前線に立って指揮を取ってきた。

田中は部品を前に、東洋精機の技術と、第二工場の歴史、これからを語った
インジェクター製造を担う第二工場。背後には八ヶ岳がそびえる

インジェクターとは、エンジンに燃料を高圧で噴射して供給する部品だ。金属の成形品の内部には細く深い穴が加工されていて、ここを燃料が通って高圧でエンジン内部へ噴射される。

穴の加工には、ドリルと加工物が相対回転するガンドリルマシンを使用する。刃先に切削油を流しながら、切粉を外に出しつつ切削していく。

内部の穴の直径は1.2mmほどの細さや、深さ100mmにも達するものもある。まっすぐな形状や、交差する形状、螺旋形状、途中で直径が変わる段付形状などがある。

「100mmにも達する深い穴をドリルで開けていくうちに、通常の方法ではガンドリルが重力で垂れるので、途中で穴が曲がってしまいます。そのため、ガンドリルを回すと同時に、製品も同時に反転しています。両方で回すと、お互いに補正しながら穴を開けられるので、ガンドリルが正確に中心を抜けられるんです。傷や打痕が残らないように、特に交差部分ではバリが残らないように、細心の注意を払います。ドリルによる穴あけ加工の精度が求められるので、交差させる形状が一番難しいですね。」

ガンドリルマシン製造は未経験であったが、インジェクター量産を機に開発した

燃料噴射システムは、ディーゼルエンジン利用による環境負荷を小さくする重要な技術のひとつ。燃料噴射圧力の高圧化、噴射される燃料の微粒化、噴射回数の増加などによって、着火性と燃焼状態を改善できるため、車両の燃費を向上させるとともに、排ガス中の有害物質であるPM(粒子状物質)や、NOx(窒素酸化物)などを削減できる。製造を始めた2000年頃は150気圧ほどだったが、現在は250気圧に耐えられる製品が求められている。改良は、世界各国の度重なる排ガス規制によるものだ。

「これまで自動車の排出ガス規制は、徐々に強化されてきました。自然環境を考慮するなら当然のことですが、もう車を作れないんじゃないかというような規制が実際にありました ね。その規格に適合した部品のみが生き延びられたのです。」

インジェクター内部は、複雑な形状加工がされている

穴が小さく、深くなるほど、高精度の加工技術が求められる。深く複雑な形状の穴を、ガンドリルマシンが折れずに、そして正確に削り続けられる技術力は、東洋精機の主力事業が工作機械製造によることが大きい。インジェクター製造専用の工作機や治具を自社で製造しているのだ。

「ドリルの送り速度や、ドリルの材質などの加工条件を見直しながら、工作機製造部門と一緒に研究を進めてきました。工場で行われる製造の結果を、社内でスムーズにフィードバックできるので、随時工作機の更新ができます。回数をこなすだけの耐久試験とは比べ物にならないくらい、細かい情報をもとに改善ができていると思います。」

専門分野が異なるそれぞれのプロ同士が、量産に向けて全力を尽くすことができるのだ。

TOYOSKブランドの工作機が並ぶ

時計から車へ。奮闘した黎明期

インジェクター製造を開始したのは2000年。時代とともに時計市場にかげりが見え、 それまで精密部員の主力だった時計部品の製造が終了した時期だった。田中には、このままでは精密部品事業部がなくなってしまうという危機感があった。

「事業部を生かすために次の分野を探していました。簡単な製品だとあっという間にライバル社にとられてしまいますので、ほかではあまりやらない特殊な製品を目指すこととなりました。そこである商社に提案いただいたのが、デンソーへ納めるインジェクターだったんです。工作機械をうちで製造しているとのことで太鼓判を押していただいたのかと思いますが、当時としては技術的にかなり背伸びをしました。」

インジェクターを軌道に乗せるまでの道のりはかなり険しかった。自社で工作機を製造しているので、他社の工作機は購入ができなかったことから、インジェクター専用の工作機を自社開発するところから始まったのだ。当時技術営業として働いていた田中は、製造ラインを構築するため、デンソーと現場の間で奔走した。社内の工作機製造部門と協力して何度もトライ&エラーを重ねる日々。寝る間を惜しみ、段ボールを敷いた工場の床で仮眠をとりながら朝まで過ごした時期もあった。

「失敗したら次はないという気持ちで臨みました。当時は泥臭いことを日々続けていましたね。粘り強く、辛抱強い社員が集まっていたので乗り越えられました。製造機メーカーとして誇りを持っていたので、製造の実現を信じて諦めることはありませんでした。」

そうした努力が実を結び、当初は1日10本しか製造できなかった体制だったが、2年後の2002年にはガンドリルマシンが完成し、インジェクターの専門工場として量産体制に移ることになった。現在同社のインジェクターは、世界中の乗用車やトラック、農建機などに搭載されている。

田中らが苦心して作り上げた時代をもとに、工作機や製造・検査工程の更新が、顧客要求や排出ガス規制に応じて行われている

人命につながる車の品質保証

精密部品製造がインジェクターへと代わり、品質保証に対する考え方も一変した。

「車は99万9999台に問題がなくても1台に問題があれば報道され、車種やメーカーにも悪いイメージが付いてしまう。車は、人命責任を問われる業界です。事故原因になるような失敗を当社から出してはならないという思いを強く持ちましたね。」

社員への意識改革や教育の充実を図るのはもちろんだが、ヒューマンエラーが起こり得る ことを前提とした、不良の流出を防ぐ仕組みづくりも整備した。疲労や焦り、知識不足ばかりでなく、作業慣れからもエラーを出してしまうことがあるので、不良が出ない工程設計の作り込みを徹底している。不良品を発見後、即座に報告ができるように、常日頃から社員間で意思疎通や情報共有ができる環境も醸成。工場勤務の従業員100人のうち40人が検査を担当する体制で不良品発生に備えている。

内視鏡を使った全数検査。厳しいチェック体制が取られている
微細な検査精度が求められる技術

「そういった品質管理はもちろんですが、コストや納期の面でも顧客の要望に応えてきたという自負があります。製造して終わりではなくて、顧客満足度を重要視しているんです。エンドユーザーにまで、喜んでもらえて納得してもらえるような価格で安定して提供を続けることは、一種の使命感ですよね。」

このような製造・品質管理体制はデンソーに認められ、2009年と2014年、品質賞を2度受賞している。

デンソーの優秀なパートナーであることが認められて、表彰盾が贈られた。

技術、企業風土を武器に。
再度、新たな事業を見据える

昨今、自動車部品を取り巻く環境は一変している。世界的なカーボンニュートラル実現に向けて、EV化はますます進められている。田中は、インジェクター以外の展望を見据えていた。

「車部品ではない、新しいものにチャレンジしていく次の手法を考えています。思いもよらなかった事業に展開していくこともありえます。他企業とタイアップして得意分野を結集させることもあるかもしれません。」

東洋精機には経験済みの過去があった。時計部品製造が終了し、自動車部品業界に飛び込んで量産を実現させた時代だ。変化に対応し辛抱強く進むのは企業風土となっているのだ。

「当社は自動車部品で培った加工技術や品質保証体制が武器。どのような分野でも、品質が高く、不良を出さないシステムを作る自信があります。新事業に移る過渡期でも、顧客に応える企業として、諦めずに生き延びる底力がある。そのことは、過去の歴史が物語っていると思います。」

整理整頓された検査場。不良品の流出を許さない要となる
取締役事業部長 田中貞男

取材・執筆:竹中唯
構成・編集:栗原大介(ヤツメディア)
写真:五味貴志
動画:山田智大(やまかめ)

東洋精機工業株式会社

【設立】1956年

【所在地】〒399-0211長野県諏訪郡富士見町富士見243-1(第二工場)

【連絡先】TEL:0266-61-2025 FAX:0266-62-4475

【代表者】代表取締役社長 小川健

【従業員数】291名

【事業内容】工作機械の設計・製造・販売(専用機・マシニングセンタ・多軸ボール盤・多軸タップ盤・治具・ストッカー)、半導体製造装置の設計・製造・販売、自動車関連部品等の製造販売

【webサイト】https://www.toyosk.com

(記載の内容は全て取材時点の情報です)

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