企業イメージ:MH audio

感動が、伝播する。
小型本格オーディオ

MH audio

1877年、トーマス・エジソンが蓄音機を発明してからもうすぐ150年。テクノロジーの粋を尽くすメーカー品から独自の理論を展開するクラフト系作品まで、「どのオーディオを選ぶべきか」の選択肢は今、数限り無いといって良いだろう。そんな群雄割拠の業界で、あるハンドメイドオーディオがじわりと認知を広げている。ユーザーからの熱を帯びた反響が反響を呼び、2019年から実施した3回のクラウドファンディングサイトでの販売金額は累計6600万円を超える驚異的な結果に。すでにマスターピースの呼び声高い逸品は、富士見の町に佇む一軒家から世に送り出されている。

聴けば、思わず振り返る。
プロも認める実力派オーディオ

そこは工場というよりも、工房と呼ぶにふさわしい場所だった。富士見町内の一軒家をまるごと使用したMH audio(エムエイチオーディオ)の事務所兼製造拠点は、たくさんの工具に部品、趣味のコレクションアイテムも並べられた、ワクワクに満ちた空間。そのなかに置かれた小さなオーディオセットが、今オーディオマニアの間でも話題のスピーカー「WAON(和音)」、そして小型アンプシリーズだった。

奥からスピーカー「WAON」、手前右から小型オーディオアンプ「UA-1」、「DA-1」

アンプは郵便ハガキの上に乗るサイズ、スピーカーはCDジャケットと並ぶくらいのコンパクトさだが、十分な音量と驚きの音質。空間全体に響き渡り、聴く者の胸を打つ繊細で立体感のある音、その音質の美しさが人気の理由だ。「自室でいい音を楽しみたい」という一般ユーザーから、オーディオマニア、ミュージシャンや指揮者などの専門家まで、愛用者の幅の広さ、層の厚さからもこの商品の実力がうかがい知れる。

MH audioの星野がこの商品の原型を完成させたのは、今から15年前のこと。当時はまだ、地元にある大手プリンターメーカー・エプソンにて設計・開発等の業務に携わっており、オーディオづくりは趣味の一つのようなものだった。

MH audio(エムエイチオーディオ)代表の星野まさる

「最初に店舗で販売したのは、近所にあるリゾナーレ小淵沢のミュージアムショップでした。通っているうちに親しくなった店主に、当時できたばかりのアンプとスピーカーのことを話したら、『試しに置いてみなよ』と声をかけていただいて。せっかくだから、と1つ置いていったら、1週間後にその店主から電話がかかってきたんです。『星野くん大変だ、いつもは1週間に1枚しか売れないCDが、君のオーディオでかけたら10枚売れた、オーディオも売れちゃったよ』って」

静かに世に出されたはずのオーディオセットはこうして、次々と聴く者を魅了。すぐに一人歩きをはじめ、地元の老舗ホテルから飲食店、都内の人気店などに設置されるまで、そう時間はかからなかった。星野も、自らが世に送り出したオーディオの実力に後押しされるように2013年に独立。この展開が巧みな営業の成果ではなく、音の良さに心動かされた一人ひとりの選択の積み重ねによってもたらされている、という事実は、驚きを超えて痛快ですらある。

「『TSUTAYA』さんは六本木蔦屋書店、代官山蔦屋書店、二子玉川蔦屋家電、湘南蔦屋書店でも展示、販売していただいています。バイヤーさんは店ごとで完全に独立しているので、本社からのトップダウンではなく、それぞれのご担当者さんが偶然に知って気に入り、導入していただきました。代官山蔦屋書店のジャズコンシェルジュさんは、リゾナーレのギャラリー店長と同じく、『このオーディオでかけるとCDが売れる』と話してくれました。

さまざまなオーディオメーカーとお付き合いのあるbayFMさんも、うちの製品を使用してくれています。 ミーティング中に音楽や放送が流れていても、うちのオーディオだと会話を邪魔しないのだそうです。

またあるときは、1000万円を超えるような高級オーディオを所有しているオーディオのベテランの方が『まさかこの歳になって新しいオーディオを買うとは思わなかった』と言って、購入していかれました。小さくて何気ない見た目ですが、どうやらこれってそういう類の品なんです」

幕張新都心のFM放送局内に、MH audioのスピーカーが4セット使われている。
そのほか、六本木蔦屋書店/スターバックス(六本木)、東京タロット美術館&カフェ(浅草)、イルポルトローネ(北千住)、かたくらシルクホテル(諏訪市)、宮坂醸造セラ真澄(諏訪市)、富士見高原リゾート(富士見町)、富士見高原病院セミナーハウス(富士見町)など、全国100箇所以上の店舗が導入、個人宅を含めると1000以上のユーザーで使用される
(写真:本人提供)

音響の「常識」を見直し、独自の発想でたどりついた品質

星野の口から語られるユーザーとのエピソードから、すでにMH audioの威力は十分伝わってくる。しかしながら、あらゆるオーディオを聴き尽くしたマニアでもなく、音響メーカー出身者でもない星野がなぜ、このような商品を開発することができたのだろう。率直な問いをぶつけてみると、「むしろ私は、これまでの理論にとらわれなかったからこそこの商品ができたと思っています」との答えが返ってきた。

「私のオーディオの原点は、高校時代。いわゆる『コンポ』の全盛期でした。ウーハー、ツイーターと、何個もスピーカーがついた複雑で大きなものが良いとされていたし、メーカーも競ってそういうものを売り出していた。今も、新たな技術は生まれていますが、基本的にその流れは変わらないでしょう。

じつは私もかつて、それに近い構造のものを作ってみたことがありました。でも、思っていたほど良い音にはならなくて。そのとき、『本当に従来のオーディオの仕組みや理論は正しいのか、良い音を奏でるための、もっと別のアプローチはないのか』、という疑問が頭をもたげたんです。

そして今回、改めてオーディオをつくろうと思ったとき、『自分の部屋で日々、良い音を楽しむためにはどのような形状・システムなら良いか』について、ゼロから考えてみました。これまで常識とされてきた理論は一度捨てて、必要だと思う条件を採用し、不必要な条件を排除して。その結果できたのが、このアンプでありスピーカーでした」

 たとえばスピーカーなら、ユニットから前方に音を鳴らし、箱は余分な振動を「止めて殺す」ために存在しているのが通常だ。しかし、星野のそれはスピーカーのボディ全体を「音を絶妙に響かせ、空間に放射する装置」として機能させるようにと、素材選びからサイズ感までを計算している。結果、上下左右、背面方向にも音が放射されることで、柔らかな響きと立体的な音の再現が可能になっているのだ。

ほぼ立方体という形状もしかり。たとえば、メーカーやオーディオマニアの常識として、小さい箱はダメ、正方形形状はダメ、箱は 固くなければならない……などがあるが、スピーカーWAONは、これらの常識と信じられている事の全く逆の造り。大きく複雑で立派な市中のスピーカーは、その見た目とは裏腹に凡庸で雑な音がする。複雑にすれば音が悪くなり、それを解消する仕組みや造りが更に音を悪くしてしまう......ならば、できるだけシンプルでバランスを取ることが重要ではないか、と考えたのだ。

「暮らしの中で聴く音に、大袈裟な装置はいらない」。この考えに従って低音から高音まで1つのユニットで満足に出せるギリギリのサイズを追求して出来たのが今のスピーカーWAONだったという星野。アンプは2008年、最初にスピーカーWAONと一緒に作ったWAONと一緒に作った「超小型アンプ  DA-1」、2019年にクラウドファンディングを活用して作った「小型真空管アンプ  UA-1」の2機種をラインナップしている。

「基本的には最初に開発した『DA-1』の要素がすべてであり、これ以上変える必要はないと思っています。真空管オーディオアンプは、オーディオの豊かな楽しみ方の一つが提案できればと開発したもの。これも、マニアックで大きな装置になりがちな真空管アンプを、半導体アンプとのハイブリッドにすることで小型化を実現し、日常に寄り添う手軽さと、心に届く音の響きを両立しています。

高級で立派に見えるものほど、普通に聴く状態、つまり音量を絞って聴くとバランスが崩れて実力が出ないとか、聴く場所がトライアングルポイント(左右のスピーカーから等距離の理想位置)からずれると音が変わってしまう、という経験が多いと思いますが、 MH audioのシリーズではそのようなこともありません。

普段の暮らしで音が聴こえづらいというご年配の方が、たまたま、諏訪湖のサービスエリアに展示してあるオーディオセットの音を聴いて、この場所を訪ねてくれたこともありました」

木目も美しい「WAON(和音)」シリーズの一部
1畳ほどの個室に展示されているこちらのスピーカーは陶器でつくられたもの。
WAON(和音)シリーズよりもひと回り小さいサイズ感がかわいらしい

目指すのは、求める人と確実に届ける生産体制の整備

これまで常識とされてきたオーディオの「無駄」を省くことで、音を劇的に良くすると同時に小型化を実現。オーディオ機器、つまり音楽を聴く道具としての実用性、汎用性が高くなった、MH audio。「あれこれ言うよりも、聴いていただいたほうが良いですよね」と星野がMP3プレイヤーの再生ボタンを押した瞬間、たしかに目の前で演奏をしているかのような、繊細で立体感ある音が空間を包み込んだ。やわらかなその響きは耳で聴く、というよりも、身体全体で受け止めるような感覚で、聴く者を疲れさせることがない。そんな音の「やさしさ」も、このオーディオが評価されるポイントなのだという。

工房内での作業風景

「オーディオ機器の世界は、専門性が高まれば高まるほど、いわば高級レストランの料理のような『強さ』や『インパクト』が強調される音が作られてきたと思っています。たまに聴くなら感動も驚きもひとしおだと思いますが、毎日となると、果たしてそれはベストなのでしょうか。

私がめざしたのは、暮らしのなかで心地よく楽しむ良質な音。

例えるなら、毎日食べるご飯と味噌汁のような、食べ続けて飽きない、深く心まで満たしてくれるような味わいです。音楽って、ずーっと聴いていくものだから、『毎日、普通に、気持ちよく』聴けることが最高に贅沢だと思うんです。ある音楽の専門家であるお客さまから後日談として聞いたことですが、買った本人はもちろん、近くで一緒に聴いている奥様からの評判が良かったそうです、 『このオーディオは、毎日あなたが使っていても疲れないわね』って」

 澄んだ“ダシ”のような、滋味深い音を描くそのオーディオはしかし、家庭や室内だけでなく屋外でも非常に良い音で鳴ることがわかった。2022年に行ったクラウドファンディングで提案したのは「アウトドアでの楽しみ」だった。

「壁のない屋外空間でも、このアンプとスピーカーは素晴らしい音を聴かせてくれる。BBQ、キャンプ、イベントなど、専用のジュラルミンケースに入れて車に積み込んで気軽に使っていただけるよう、モバイルセットも提案しています。小型真空管アンプ UA-1のボディも、精密板金屋さんと一緒に『バイブレーション仕上げ』という傷が目立たない加工を施しました」

星野のアイデアを「made in Japan」で形にできているのは、富士見・諏訪地域のものづくりネットワークがあればこそ。「私が注文する数量では、お願いしている工場の儲けになっているとはとても言えないと思うのですが……」と言いながらも、パネルやボリュームツマミ、端子などを地域の製造メーカーに依頼することで、オーディオの楽しみのひとつとして、手でさわった時の質感や、小さくてもキラリと光る存在感を表現。心地よい使い勝手も叶えているのだ。

クラウドファンディングのプラットフォームの一つ「グリーンファンディング」からの誘いに応えるかたちで始まった予約販売は、すでに3回が終了。支援額(製品の予約注文)は回を重ねるごとに上がり、2022年10月に終了した回では、2650万円超(達成率5309%)という脅威的な結果となった。その他、各地での展示会などを通じ、新たな出会いは広がり続けている。

https://greenfunding.jp/lab/projects/6133/ 
2022年に実施したクラウドファンディングサイトより(現在受付は終了)
(写真:本人提供)

一点の曇りもなく順風満帆、そう思えるが実は一点だけ、「細部まで自分で手をかけたくなってしまう性分」ゆえの課題が。これだけのニーズにも関わらず、現在も重要な部分はほぼ一人で製造を担っているのだ。今後への展望と課題のカギはまさにこの「生産体制」にあるかもしれないと、星野は最後に語ってくれた。

「自分の手で、責任を持って良いものを届けたいから、工場にして生産ラインを拡大するようなビジョンは私にはありません。商品も最初に作った原型が基本で、この流れと全く異なる新製品が出ることはないとも思う。それって、拡大しつづけることが発展の条件となる企業経営の鉄則の逆。困っちゃいますよね。けれどやっぱり、今つくっているものが一番。この品質を守り続け、求める方のところにきちんと届けられるよう、一つひとつ大切に作り続けたいと思っています」

取材・執筆:玉木美企子
構成・編集:澤井理恵(ヤツメディア)
写真:五味貴志
動画:山田智大(やまかめ)

MH audio

【設立】2008年

【所在地】長野県富士見町

【連絡先】TEL 090-8329-4230  

【代表者】星野まさる

【事業内容】

小型スピーカー、小型アンプ、立体音響再現などの音響研究用機材製造、店舗音響、事務所音響機材製造等

【webサイト】https://www.mh-audio.com/

 

(記載の内容は全て取材時点の情報です)

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