企業イメージ:株式会社ピノーレ 八ヶ岳工場

香りも、個の時代へ
香水製造の新規軸を拓く

株式会社ピノーレ 八ヶ岳工場

「人が香りを利用するようになったのは、火を発見したときから」。そう言われるほど深く密接な、人と香りの歴史。さまざまな原料の香料をアルコールに溶かし込んだ「香水」の誕生は16世紀とされる。その文化は世界各地の風土と呼応し合うように発展し、浸透してきた。株式会社ピノーレ・八ヶ岳工場は、そんな「香り」にまつわる製品の開発および製造の拠点。10数年の経験と、独自のネットワークを生かしながら、クライアントそれぞれの物語を香りへと昇華させる手腕に注目が集まっている。

香水・香粧品の開発から製造まで、ワンストップで受託

 「この香り、嗅いでみてください。なにを想像しますか?」

 そういって手渡された、一本の小さな瓶。シュッとひと押ししてみると、華やかな甘さの向こうに、青い若草のような香りが抜けていった。

 「こちらは『トマト』をイメージしてつくった香水です。もちろん、ここにトマトの成分が使われているわけではありません。地元の方たち、農家さんたちと交流してきた中で、弊社の調香師がさまざまな香料を組み合わせ、『香水』として表現したものなんです。ほかにも、リリースはしてませんが、セロリの香りやカリンの香りなど、八ヶ岳界隈の特産をイメージしたものもあります」

 それは、この精密紀行のシリーズのなかでも、少し異色のものづくりかもしれない。1999年、埼玉県幸手(さって)市に本社を構えるエアゾール製造メーカーの一部門として生まれた、「香りのものづくり会社」・株式会社ピノーレ・八ヶ岳工場。2017年、同社はここ富士見町に香水・香粧品の研究所を併設した専用工場をスタートさせた。

株式会社ピノーレ・八ヶ岳工場の外観。 風景になじむ色合いと洗練されたデザインが印象的だ。写真提供/株式会社ピノーレ

代表取締役社長の頭金周介は、その道のりについて、こう振り返る。

「18年前、25歳の時に、ある事情から突然父親の会社を手伝うことになりました。それまではフリーターをしながらバンドをやったり、音楽療法をやろうと思って介護施設で働いたりしていたんです。まさか自分が父親の会社に入ることになるとは思ってもみませんでした。

 最初の1年は上海の貿易会社に出向していました。上海では、たくさんの工場や展示会を見たり、さまざまなビジネスに挑戦する人たちと交流ができたので、何も知らなかった私にはとても刺激になりました。新しい香水ビジネスの視察ではフランスへ行き、香料会社や香水工場なども見てまわりましたね。帰国後、本業であるエアゾールの営業をしながら、香水の事業を細々と立ち上げたんです。今では、エアゾール事業よりも香水事業の方が大きくなっています」

株式会社ピノーレ 代表取締役社長・頭金周介

「もともと、つくるのは好きだけれど営業が苦手で」と話す頭金だが、徐々に自社製品だけでなくOEMの受注を受け持つようになった。

「OEM商品のなかでも、立ち上げから関わらせていただいた思い入れのある香水ブランドが年々、成長を遂げてくれたんです。小さな作業スペースで、家内制手工業的につくっているような体制ではとても生産が追いつかなくなり、ある程度の在庫を抱えられる新拠点を探すなかで、ここ八ヶ岳にご縁がつながりました」

 現在、八ヶ岳工場では、フレグランス製品ブランド「AUX PARADIS(オゥ パラディ)」の香水シリーズなど、OEMの香水製造を事業の柱に据えながら、地元事業者の依頼を受け、製品の開発製造を行っている。1日6000から8000個程度つくれる体制が整いつつある。

濾過作業の様子

化粧品製造の技術とネットワークで築いた、独自のポジション

フレグランス部門を幸手市から完全に移設し、調香から製品づくり、ボトル印刷やパッケージも含めたデザイン提案までをワンストップで担うのが「八ヶ岳工場」の役割。「サイズ違いも含めると、100種類以上をつくっていることになります。工場を設立してから、生産量は3倍近く増えました」と話す好調ぶりには、いくつかの理由があるようだ。

まずそもそも、香水やオードパルファン、オードトワレなど、「フレグランス」と総称される商品はすべて直接肌に吹き付けて使うことから化粧品扱いとなる。この分野での新規の製造許可取得は難しい。参入障壁は高いが、同社では化粧品製造販売業許可・化粧品製造業許可を取得し、化粧品GMP基準に基づいた品質管理を行っている。1キロあたり数千万円にものぼる高級天然香料から、価格や品質の安定を助ける合成香料まで、製品ごとに使い分ける技術、提案力は同社の強み。これまでの事業の蓄積があってこそだろう。

倉庫に保管された香料の数々

加えて、大口受注はもちろん、コアなファンに向けてこだわりやストーリーを打ち出す小ロット受注にも柔軟に対応している。幅広いニーズに応えられる「ほどよい規模感」も、大きな強みとなっている。

食品業界で品質管理業務に10年以上携わっていた品質管理担当の五味耕作は、これまでの経験を踏まえながら、同社の強みについてこんなエピソードを聞かせてくれた。

 「商品イメージのヒアリングから、サンプルのご提出までの『レスポンスの速さ』も私たちの強みだと思いますし、お客様にもよく驚かれますね。

一般的な商品開発におけるサンプル出しの期間は3ヶ月程度が一般的ですが、うちの場合は早ければもう翌日には出してしまう。それはひとえに弊社の蓄積と、それを踏まえた社長の判断力がなせる技だと思います」

 さらに、香りづくりの強力な“門番”として、国内外の香料会社、調香師とのネットワークを築いているほか、経験豊富な日本人調香師も顧問に迎え、確かな品質の維持とともに、社内での人材育成も行っている。


サンプルの香りを確かめる、品質管理担当・五味耕作
検品作業の様子。工場で働く社員のほとんどは八ヶ岳周辺での採用
ピノーレが製造を請け負うオードトワレ「FujimiFlowerFragrance」シリーズ(販売事業者:ATELIER SCRAMBLE)。
八ヶ岳周辺で活動する石けん事業者、バラ農家、デザイナーなど、地元住民がてがける同製品はふるさと納税の返礼品としても人気だ。
写真提供/株式会社ピノーレ

デジタル化が進む時代こそ、心を動かす香りの力を

新型コロナウイルス感染症により、人々の行動も生活様式も大きく変わった。しかし、フレグランス商品の可能性はむしろ高まっていると、頭金は考えている。

 「コロナの影響はもちろん受けました。百貨店や量販店の閉店によって売り上げがゼロになったり、工場を閉めていた時期もあり、『外に出歩かなければ、香水を使う機会も減るだろうな』と私自身も思っていたんです。けれど、その後しばらくすると、驚くほど受注が盛り返してきたんです。その勢いはむしろ、その前の年をしのぐほどでした。

 外には相変わらず自由に出られないような状況が続いているわけですから、今は周りの人を意識した装いではなく、自分のための香りが選ばれているんですよね。

シーンは変わっても、やはり香りは人の暮らしに必要なものなんだと、この経験で改めて実感しました」

社員の昼食風景。社員は当番制でご飯と味噌汁を用意する。
「よりよいクリエイティブは、ストレスのない環境から」と、働きやすく風通しのよい環境づくりを徹底している。

じつは日本は、海外市場からは「香水砂漠」と言われるほど、香りに対する文化が持ち込まれてこなかった、という評価がある。しかし、それも今後変わっていくかもしれないと、頭金は話す。

 「たしかに、海外のような歴史ある大手ブランドのシンボルとしての香水が根付いていく、というかたちではないかもしれません。それでも、よりコアな作り手たちが想いをもってフレグランスを世に送り出そうとする動きを感じています。実際、私たちもすでにいくつかの香りにまつわるベンチャー企業のスタートアップをお手伝いしています」

 この流れを受け、2021年12月には富士見町に隣接する山梨県北杜市に製造工場を新設、小ロット香水製作専門サービス「金熊香水(きんくまこうすい)」をスタートさせた。約20個からの小ロットでオリジナル香水がリリースできる画期的な仕組みだ。なんとも都会的なサービスの印象だが、むしろ八ヶ岳の自然環境が、ブランディングに好影響となっているのだとか。

2021年よりスタートした新事業の 小ロット香水製作専門サービス
「金熊香水(https://kinkumaperfume.com)」のイメージ 
写真提供/株式会社ピノーレ

「八ヶ岳の風や自然の景色には、最高級の天然香料がもっている『揺らぎのある奥深さ』のような共通点があると感じています。顧問の調香師も、1週間程度ここに滞在して調香をしてくれるのですが『八ヶ岳を見ながらだとインスピレーションが湧く』と話しています。

デジタル化や効率化が進む時代のなかだからこそ、心に潤いをもたらすのはこうした、“ノイズ”とも言える有機的でアナログな要素だと感じます。私たちがこの土地に出会えたのは、運命なのかもしれません」

取材・執筆:玉木美企子
構成・編集:澤井理恵(ヤツメディア)
写真:ミズカイケイコ
動画:山田智大(やまかめ)

株式会社ピノーレ 八ヶ岳工場

【設立】1999年(八ヶ岳工場竣工は2017年)

【所在地】

本社/〒340-0114 埼玉県幸手市東5-18-20

八ヶ岳工場/〒399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見1004-1

【連絡先】TEL 0266-61-0015

【代表者】代表取締役社長 頭金周介

【従業員数】30名

【事業内容】香水を始めとした化粧品、日用品の受託製造/化粧品、日用品の企画立案、デザイン、研究、開発

【webサイト】http://labo.pinole.co.jp

 

(記載の内容は全て取材時点の情報です)

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