企業イメージ:有限会社牛山製作所

経験と発想で、
ゼロを1にする

有限会社牛山製作所

ものづくりを川に例えるならば、牛山製作所が担っているのは“源流”の部分。各メーカーや個人から湧き出たイメージの雫を受け止め、試作品や治具の加工製造を通じて商品化につながる大きな流れを後押しするのが彼らの役割だ。たった一台のフライス盤からはじまった同社は、測定装置の試作品製造・組み立てからスピードスケートの特注ブレードまで、多様な分野の「願い」を形にしてきた。
ゼロから1へ、無から有を生み出す、その現場は想像以上にクリエイティブで、熱を帯びていた。

はじまりは一台のフライス盤から。
切削加工から処理・アセンブリまで一貫製造

切削・旋削・研削・ボーリングなどの加工から、表面処理・アセンブリ納品までを担う牛山製作所。あらゆる機器のアイデアを設計図から読み取り、製品化し大量生産に導く、その最初の段階を担っているのが同社だ。試作品製作や、安定した生産に必要な治具のカスタム加工など、幅広い要求に応え続けてきた。

「創業は1972年、もとは私の父が一台のフライス盤を購入して始めた、小さな製作所でした。それでも時代はものづくりの全盛期。うちにも諏訪周辺からお受けしきれないほどの仕事が舞い込んできて、とにかく実績を重ねることで少しずつ成長をしてきました」

牛山諭吉社長。的確な図面の読み取りや発想力で社員を牽引し続ける存在だが、その語り口はあくまでもあたたかく、穏やかだ

物腰柔らかに話すのは、牛山諭吉社長。創業者である父に続き、1983年に同社を引き継いだ。交代のきっかけとなったのが、コンピューター制御による新型のマシニングセンターの導入だ。当時から高額だったこの機械を導入したことを契機に、測定装置や高精度な工作機械治具など、高付加価値かつリピート品の受注を求めて営業を拡大。東京の商社とのつながりを得ていった。ここから「町の製作所」は、より幅広い製造業の下支えをする企業へと成長してきたのだった。

オリンピック選手のスポーツギアにも、ものづくりの技を発揮

金属の塊を切り、削り、ネジ穴をつくって組み立てて仕上げる。ものづくりの一通りの流れを担うことができる同社だからこそ、ときにスペシャルなオーダーが舞い込んでくることもあった。

「1998年の長野オリンピックの前に、あるオリンピック選手と関係者から、当時まだ珍しかったスラップスケートのパーツをより安価に精度高く作れないか、という相談を受けたんです」(牛山社長)

オランダが発祥というスラップスケートのブレードや靴は、当時ひと揃えで20万円は下らない高価な存在。これをオリンピック選手のみならず、未来を担う子どもたちにも使えるものにしたいと頼られたのが同社だった。

それまで見たこともなかったブレードの形状や、スケート競技での使われ方をまず理解するべく、牛山社長は工場を飛び出し、オリンピック選手たちの練習場となっていた長野市の「エムウェーブ」へ向かった。実際に現物を見て、選手たちの滑りをつぶさに観察することから、必要な強度を目の当たりにし、加工のイメージを膨らませていったのだ。
結果、オリンピック選手の競技用ブレードを完成させただけでなく、当時の平均価格の1/3程度の既製品として若き選手たちへの提供も実現した。

「図面も存在しないところからはじめた、まさにゼロからのものづくりでした。しかもオリンピックレベルの選手の皆さんの感覚に寄り添うためには、ミリ単位での細かな調整が必要になる。とてもデリケートな案件でしたが、喜んでいただくことができ、私たちにも良い経験となりました。一度かたちができてしまえば、それを効率化しコストカットを実現するのも私たちの得意とするところ。高校生たちにも使ってもらうことができました。これまで取り組んできた案件のなかでも、大きな手ごたえを感じた仕事の一つです」

技術をつなぐ「ハブ機能」を強化し、幅広い受注に応える部品・加工商社に

他種多様な企業や個人のイメージを受け止め、ときに予想を超える効率化やコストカット、適切な設計等を行いながら製品化を陰で支え続けてきた牛山製作所。今、これからの30年、40年先を見据えた事業拡大を進めている。
これを担うのが、牛山社長の長男である貴揮専務。大学を卒業後、電気部品商社の営業職を勤めていた専務は後継者として2016年に入社。これまでの営業経験を生かした改革を実行中だ。

牛山貴揮専務。行動力と穏和な人柄を持ち合わせ、地域での信頼も厚い

「父をはじめとするベテラン社員のみなさんの金属加工への知見の深さ、実際にそれをかたちにする技術は、当社の強みです。若手の技術も着実に育っている。だからこそ、僕も自信をもって営業ができるんです」(貴揮専務)

専務が営業マンとして各地の企業の懐に飛び込み培ってきた人脈と営業力は、同社の新たな強みとなっている。牛山社長もその活躍に期待している。

「お恥ずかしながら、私は工場でものづくりに集中していたいタイプで。これまで自ら営業にでかけたことはほとんどなかったんです。専務が入ったおかげで諏訪圏工業メッセや都心の展示会にも積極的に出展し、半導体や装置メーカーといったこれまで出合わなかった業種からの受注が増えています」

「これからは、製造機械もオートメーション化が進み、熟練工の世界だけでは立ちいかなくなる」。そう考えた専務は、自社の売り込みだけでなく、協力会社との連携を強化し受注拡大を推進。この改革により現在、自社工場以外への発注は全体の売り上げの3割を占めるまでとなった。この流れのなかで、自社の設備だけでは受注できなかった板金加工等にも受注の幅を広げている。当然、結果は売り上げにも反映されるようになってきた。

「私たちの仕事は、ほとんどが受注後2〜3週間で納品するという短納期のものが中心です。だからこそ今は、取引先からお話をいただいたら『どこが仕事を担うか』について、自社を含めて即座に判断し発注する必要があります。専務の差配はとても的確で、事業拡大と業務改善につながりました」(牛山社長)

そしてここから、牛山製作所は商社機能のさらなる構築をめざしていく考えだ。

「私たちの仕事は、ものづくりの土台を担う一方で、ともすれば半年先の事業さえ見通すことができず、事業拡大しづらいという脆弱性があります。弊社が『ハブ』になることで、これを互いに補い合いながら、今後も一層幅広い要望に応えられる存在になりたいですね」

そう話す専務のまなざしと、見守る社長との間から伝わる信頼関係。これこそが、同社の一番の強みだ。成長のきざしは芽吹きの春の日差しのように、社内を明るく満たしていた。

取材・執筆:玉木美企子
構成・編集:栗原大介(ヤツメディア)
写真:ミズカイケイコ
動画:山田智大(やまかめ)

有限会社牛山製作所

【設立】1972年

【住所】〒399-0214 長野県諏訪郡富士見町落合 12640-3

【連絡先】TEL:0266-62-2537  FAX : 0266-62-6881 

【代表者】 代表取締役 牛山諭吉

【従業員数】6名

【主要製品】情報機器・医療機器・測定装置・専用機部品、冶工具の設計・製作

【設備情報】安田工業 YBM850V JIGBORER(500×800)1台、森精機 立型マシニングセンター(510×1020)1台、日立精機 立型マシニングセンター(510×1050)1 台 

(記載の内容は全て取材時点の情報です)

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